父と私の生誕地、貝島炭鉱跡地への旅 ー直方駅前商店街ー

 2016年10月9日、両親を連れて福岡へ出向きました。この旅行は、父が行きたがっていた生まれ故郷に連れて行くのと姉妹弟に会わせることが目的でした。父の体調を考えると、この期会しかないと考えたからです。

 9日(初日)は、父が九州に行くのが30年ぶりなので、博多の街が見たいというリクエストにこたえ、博多の街をブラブラしました。

 10日(2日目)は、父の姉妹弟たちが小倉に集まってくれて、30年ぶりの再会に父の笑顔が絶えず、連れて来れて良かったと思う時間を過ごすことができました。

 11日(最終日)は、父と母と私の3人で父や私が生まれた町、貝島炭鉱跡地をめぐるため小倉駅からJRで直方駅まで向かいました。途中、通過する駅ごとに父が幼少期の思い出話を聞かしてくれたのですが、何もかも初めて聞く話ばかりでした。

 直方駅を出ると、最初に目に飛び込んできたのは、直方市の特別市民文化栄誉賞を贈られた大関魁皇の銅像でした。幕内勝星は歴代2位(通算勝星は歴代1位)、幕内出場数も歴代2位、ケガに苦しまなければ日本人横綱になれていた偉大な大関だったので、現役時代はよく応援していました。なので思わず記念写真を撮ってしましました。

 直方駅の正面にあるのが、西鉄直方バスセンターでした。すごくレトロな作りで、父が利用していた頃から変わらない姿で今も使われているようでした。

 私の名前は「直博」と言います。名前の由来となったのが、ここのバスセンターで、方発ー多着の切符にある駅名の頭文字を取って「直博」と名付けられました。今回、父にその真相を訊ねると、私が生まれた当時、炭鉱の活気は薄れ、閉山も時間の問題という時代だったそうで、私には大きな街に羽ばたいて行ってほしいとう願いだったと笑いながら話していました。んー、私は羽ばたいて行けたのかな・・・。

 直方駅から少し歩くと「ふるまち商店街」がありました。驚いたのは、その商店街の長さ。昔は本当に栄えた町だったことを今に伝えているようでした。意外にも閉店している店は少なく、定休日で閉店している店舗が所々にある程度でした。

 この商店街を歩いてみると、うっすらと幼少期の記憶がよみがえりました。多くの人で込み合う中、父に抱かれて歩いていた時の様子が脳裏に浮かびました。子供目線だったためか、道幅は現実より2~3倍広かった記憶でしたが、実際はそこまでの広さではなかった。ただ、この道幅では「よさこい」を踊るには狭そうだなとついつい考えてしまった私はもう高知県民なんだろうか。

 商店街を少し歩くと、地元名物の「成金饅頭」のお店がありました。父が子供の頃から、ここで饅頭を購入していたそうで、両親ともすごく懐かしがっていました。

 成金饅頭が好きな母は、この旅行でこの日までに4~5箱購入していたにも関わらず、まだ買おうとするので、慌てて母を諫める一幕もありました。個人的には、私は成金饅頭が好きではなく、子供の頃、祖父母から頂くことが度々あったのですが、当時はバームクーヘンが大好きで、成金饅頭よりバームクーヘンがいいと父にせがんでいたことを思い出しました。

 そこから暫く歩くと酒屋が視界に入り、父が興奮気味に声を上げて速足で店内に入って行きました。ここで、頻繁にカップ酒を買って飲んでいたそうで、酒屋が今もここに残っていることを凄く喜んでいました。父は興奮が治まらないようで、当時を思い出すように、ここでカップ酒を購入して飲み始めました。当時を知らない私に店主が炭鉱で直方が繁栄していた頃の話をしてくれました。店主の方も当時を懐かしむような感じでした。

 

 お昼は、ふるまち商店街から少し離れた路地にある「すまろ」という店で昼食をいただきました。

 外見からは想像できないほど店内は広く、店内の様子を見ると、父が昔ここをよく利用していたことを思い出したようで、懐かしそうに店内を見回していました。

 おもてなししてくれた店員の方は、とても親切で、今回の旅行の目的を説明すると、当時を知らない私に炭鉱で栄えていたころの話を分かりやすく話して聞かせてくれました。

 この旅で、私の知らない故郷のことを色々学べて、このあたりから段々楽しくなってきました。

 

 

次回は、貝島炭鉱跡地編へ。

 

 

 

 

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