助けられなかった命 -ゴマフアザラシのゴマちゃん-

 3か月前の4月1日、足摺海洋館で飼育されていたゴマフアザラシのゴマくん6歳が急死しました。

 

 翌日の4月2日に保健所の獣医さんが死亡解剖してくださったのですが、その時に撮影された病理写真を見て愕然としたので、3ヶ月間、冥福を祈りながら喪に服していました。

 

 

 4月1日の午前9時半過ぎ、足摺海洋館から電話が入りました。

 

 「ゴマが朝から食欲が無く、プールから上がってこない。それと両目が充血している。どうしたらいいですか。」

 

 ゴマちゃんの様子を伺うと、ゆっくりと泳いでいるという返事だったので、もう少し様子を見てもらうように伝えました。

 

 この日は朝から患者さんが多く、詳しく話を聞いている時間も無かったのですが、今となっては言い訳にしかなりません。

 

 アザラシやアシカは、よく角膜を傷つけます。そうすると目が痛いためか、食事を受け付けなくなることはよくあることなのです。この時も、そうなのかなと思い込んでしまいました。

 

 そもそもアザラシやアシカは病気になりにくく、動物園・水族館での飼育動物の中で死亡率が低い動物の代表みたいなもので、私の中に油断があったのも事実です。

 

 その日、午前中の診察が長くなったので、水族館と連絡が取れないまま、予定されてた手術に入り、その手術が終わりかけた頃、再び水族館から電話が入りました。

 

 「ゴマが亡くなりました。」

 

 

 足摺海洋館から今後の対処を聞かれたので、すぐに保健所に連絡を入れて死亡解剖してくださるかどうか問い合わせていただくよう伝えると、翌日、実施してくれるとの再度連絡があったので一先ず安堵しました。

 

 急死で怖いのは伝染病だからです。

 

 4月2日、死亡したアザラシは四万十市の保健所へ運ばれ、そこで死亡解剖が行われました。

 

 その日の午後、足摺海洋館から連絡が入ったのですが、死因はよく分からないという話でした。

 

 同居していたモモちゃんに少しでも異変があれば連絡がほしいと伝えたのですが、実際、何かあっても水族館まで片道3時間かかるので、私が専属獣医でいることに無理を感じるところです。

 

 

 ゴマフアザラシのゴマちゃんが亡くなって6日目、足摺海洋館に往診に伺いました。モモちゃんの様子も気になるし、病理検査結果も気になっていたので。

 

 足摺海洋館に着くや直ぐにアザラシの様子を見に行くと、同居していたモモちゃんはすごく元気そうで、いつもと変わらない様子に一安心しましたが、保健所からは詳しい報告は届いていないとのことでした。

 

 事務所に行くと解剖に立ち会ったスタッフが何枚か写真を撮っているとのことだったので、その写真をパソコンで見せてもらうことにしました。

 

 そして、そこに映しだされた肺の写真を見て、愕然としました。

 

 「ゴマちゃんの死因は溺死かもしれません。」スタッフにそう伝えました。

 

 すぐに目に飛び込んできた異常所見は肺全体が肺水腫を起こしていたことです。生前、呼吸器症状が無かったのに肺水腫を起こす原因を考えると、真っ先に頭に浮かぶのは溺死です。

 

 溺死した場合、その場所が海なのか川なのかで肺の病変が変わります。これは水の浸透圧によるものなのですが、ここでは詳細は長くなるので割愛させていただきます。

 

 直接的死因は海水を飲み込んで溺死した可能性が浮上してきたのです。

 

 そこで疑問が起こるのは、なぜ溺死? 海獣が溺死なんてありえない。

 

 死亡当日の様子をあらためてスタッフから話を聞くと、その日の状況が明らかになっていきました。

 

 ゴマちゃんは朝から意識障害を起こしていた疑いが浮上してきたのです。

 

 ゴマちゃんはプールをゆっくり泳いでいたのでは無く、ただ浮いていただけ。眼瞼下垂や瞳孔散大症状から動眼神経麻痺を疑う所見や髄膜炎や脳血管障害でみられる項部硬直を疑う所見、また結膜充血も脳圧亢進があったとなれば説明がつき・・・。

 

 意識がもうろうとする中、海水を飲み込み溺死してしまった、ということなのか。

 

 最初の電話で症状を詳しく聞いていれば、意識障害がでていることが確認できたはずなので、すぐにプールの水の抜いて溺死させないように指示することはできたはず。

 

 よりによって、こんなかたちで死亡させてしまったこと、苦しんで死なせてしまったこと、ただただゴマちゃんに申し訳なくて。

 

 因みに苦しんだことを物語るのは、肺の間質が拡張し、大理石模様を呈していたから。

 

 *補足:間質って何?

  肺をぶどうの房が寄り集まったものと例えると、間質はぶどうの実を包む皮の部分。

  この間質が拡張する(分厚くなる)のは肺に無理な力がかかったことを意味します。

 

 病気で亡くなったのなら、まだ納得がいくのですが、溺死という亡くなり方はあまりにも気の毒で、あの時の判断ひとつで溺死を回避することができたはずなだけに、いたたまれない気持ちでした。

 

 しばらくの間、そのことが頭から離れなくて。

 

 その後も往診に行くと、なんとなく元気がないモモちゃん。

 

 体重も痩せてきているみたいで、寂しいのかなと思うと可哀そうで・・・。

 

 足摺海洋館の獣医、私じゃダメだ。もっと親身に話を聞いてあげれる獣医さん、どこかいないかな。

 

 ゴマちゃんのご冥福、心からお祈りいたします。

 

  


 

 ところで、

 

 死因を調べることは、大変難しい作業です。獣医系の大学では法医学の授業はありません。

 

 動物園では動物が亡くなると死因を確認するため解剖が行われますが、当初は解剖しても何も分からない状況で、目の前に見えている異常にも気づかないありさまでした。

 

 獣医は法医学の知識を持ち合わせていないので、誰も教育的指導などしてくれません。

 

 そのため人の法医学の書籍を取り寄せ、ひたすら独学していました。

 

 今はインターネットが普及しているので、法医学も容易に学べる時代になりました。


 解剖所見の取り方がわかりだしたのは、勤務を始めて5年以上経過したころからでした。

 

 失礼を承知で発言させていただくと、保健所の解剖の仕方や死因の調べ方は未熟でした。

 

 ポイントが抑えられていないのです。

 

 意識障害を起こした原因にヘルペスウイルス感染の可能性もあります。

 

 海獣類のヘルペスウイルス感染は時々話題になります。

 

 もう少し踏み込んだ死亡解剖ができていれば、もっと多くの事が分かったかもしれません。

 

 私が死亡解剖に立ち会っていれば、若い先生方に法医学を好きになる機会を与えられたかなあ。

 

 

 

 私も以前は国民の税金で給料を頂いていた動物園の職員でした。

 

 自分たちの仕事に対して税金で給料をもらっている以上、その道のプロでなければならないのです。

 

 私が働いていた動物園には、私を厳しく育ててくださった元上司が園長として在籍しています。

 

 死亡解剖には、とにかく厳しい上司で、納得いかない報告内容だと何度も突き返さられました。

 

 当時は動物が亡くなる度に、死亡解剖が嫌で、そのストレスで胃に穴が開きそうでした。

 

 同じ県の施設なので、法医学を学びたくなれば動物園に伺うとかなり勉強になります。

 

 若い獣医さんたち、是非、頑張ってくさい。学問は分かりだすと、とても楽しくなります。

 

 法医学、学んで損は決してないですよ。

 

 

 

 話は変わりますが、

 

 先週、足摺海洋館がリニューアルされる記事が高知新聞に紹介されていました。

 

 何度も再建の検討会が行われているようですが、その会議に現場の飼育スタッフは蚊帳の外の状況です。

 

 いつまでたっても役人だけで卓上の議論ばかり。

 

 かつて旭山動物園が成功できたのは現場で働く飼育員の意見が取り上げられたからです。

 

 私が以前勤めていた動物園も同じ。役人は作るだけで、あとは知らない。

 

 しかも、のいち動物公園は動物を知らない人間が設計しているから、設備の不備で私たちは開園後多大な苦労を強いられました。

 

 地域にあったコンセプトでオリジナルな水族館を目指しているからこそ、現場の飼育スタッフの意見が大事なんだと言いたいです。

 

 

 

 久しぶりのブログ更新は愚痴で終わってしまいました(^^;)

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    オロオロ (月曜日, 06 7月 2015 11:46)

    はじめまして。
    「猫 乳び胸 回復」で検索し、こちらの医院のブログに辿り着きました。

    我が家の飼い猫が乳び胸の診断を受け、経過観察中であります。
    発症から約半月になろうとしています。
    成猫の拾い猫なので年齢は不明ですが、10才くらいではないかと思われます。
    現在は完全なる室内飼いです。

    猫の乳び胸については原因も治療法もなく、対処療法の末に最悪の結果も有り得ると知り、家族で途方に暮れている毎日です。
    現在のかかりつけの獣医師は、最終的には大きな病院への転院を薦めるお考えでいらっしゃるようです。

    こちらのブログを拝見し、穴井先生が診療された猫ちゃんが乳び胸を完治され、現在も元気であると知り、一筋の光が射したような気持ちでいっぱいです。

    私どもの住まいは、関東になりますので、穴井先生に受診するのは難しいかもしれませんが、もし何かいい方法がありましたらご教授願えないかと、大変不躾ではありますが突然このようなお願いをさせていただきました。

    お忙しい毎日でしょうが、もしお時間のある時にでもお答えを頂戴できれば幸いです。
    どうぞよろしくお願いします。

  • #2

    アミール動物病院 (水曜日, 08 7月 2015 11:47)

    オロオロ様

    乳び胸は難治性の疾患です。ご心配でおられることは、よく分かります。

    飼い主様のほうで改善できる方法としては食餌療法やサプリメント(ルチン)の投与ではないでしょうか。
    胸水が白く濁るのは、食事由来の脂肪が影響しています。
    脂肪の少ない食事(手作り食)を与えると胸水が透明に変わってきます。

    当院でも新たな内科的な治療を試みていますが、まだ試験的なレベルなので、ここでの記載は控えます。

    どこの動物病院でも乳び胸の治療法は手探り状態でしょうが、最善を尽くしてくれるはずなので、主治医の先生に頼るか、セカンドオピニオンで他院を受診されてはいかがでしょうか。

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